灯点し頃。病に伏した足取りで帰って、お気に入りのティーカップが欠けてるのを眺めるような表情で夕食を食べる。そんな人達がちょっとは気分よく美酒に酔えているのは何よりのことよ。そういう日はいくらでもあったっていいんじゃないかしら。
でも、何よりも素敵なのは……多少いつもより灯りが多かろうと、雪の珍しくないこんな場所なら全然そんなもの、覆い隠してくれる。窓越しにぼやけてちかちかしていようと目を惹かない。眩さも賑わいも持て余してしまうのだから、無縁な私にとって……自室は溜まっている仕事を進めるのに、ちょうどいい。一年に一つも面白い話題を提供してくれない人たちのことなんて考えている暇があるなら、ペンのインクが後どれくらいの歳月もつのか考えるほうがマシね。
書類の確認をしながらカップの紅茶に口をつける。マグは……あんなもの使わないからいいわよ、作業中でもカップがいいの。ええ、だから、必要ない。
――いつものルーティンのはずなのに。くだらないことを連想してしまったわね。どこからか、ずっと遠くから歌声が聞こえてきたからかしら。辟易とするわ、『歌』っていう一つの要素だけで思考に必要ないノイズが走る。もう聴き飽きてるのよ、連日ね。
あのコはどうしてるのかしら。ふと思う。私と同じで夜が好きな執行官三位のコロンビーナは、どうしてるのかしら。歌はあのコの専売特許でしょうに、賑やかなこの夜をどう思っているの?
「……チッ」
カップの紅茶を一口。唇にヒヤリとした感覚が伝わった後に、ほんのり冷ややかな甘さが広がる。味覚に集中して、アップルティーを嗜む。別に。誰かと飲んでるわけでもないし、とっくに冷えてても構わないわよ。思考をクリアにしないといけないし。
まあ、アナタも癪に触るわよね?散々ワタシよりも下手な皮肉を言ってる人間達がこうも能天気に祭りなんてしているのだから。歌のうまさで序列が決まるのならアナタ達と比べれば三位は順当よ。そして、少なくともドットーレは降格ね。
「ワタシも、くだらない事を考えるのはそろそろ終わりにしておきなさい」
何のために書類に目を通しているのよ、次の実験で使う理論の本を読むためでしょう。何のために本を読むのよ、早く次の機械の試作がしたかったからでしょう。手早く終わらせて時間を余らせたほうが……面白いことだって、あるかもしれないじゃない。こんな退屈な場所でもね。
一息で文字の中を泳ぎながら、書類にサインを。却下には冷ややかな一瞥を。燃やすべき文書には火を。外はまだ人の活気をうっすらと感じるけれど、一冊読んでいたら丁度いい頃合いになるでしょう。カップを洗って先に片付けておきながら……バスケットに詰め込むのに良いものがないか見て回る。あのコ、くどくないやつが好きだし。風味の良い紅茶にしましょうか。
「なら……」
フィナンシェもマドレーヌもダメね、風味が強すぎる。クッキーはこないだ出したばかりだから、つまらない女だなんて思われるのも気に食わない。チョコレートは……甘さ控えめなやつが合うけど、あのコ、苦いのダメでしょ。
「……はぁ」
マカロン、たしかにあるわよ。しっとりしてて相性もいい。でも――今あるのじゃ、甘すぎる。「フォンテーヌのパティシエはもちろん、巷のスイーツ愛好家もその作り方をそらんじることができる」、ものね。
ロザリンのところに何か代わりの良い品がないか聞きに行こうかしら?なんて一瞬頭をよぎったけれど、変に優しい言葉を掛けられても困ってしまうわ。今からだとちょっと夜は深まってしまうけれど、五時間……ここはフォンテーヌと違って乾燥してるから四時間もあればできるわね。いつも元気に歌ってる頃合いじゃない。哀れみよ、感謝しなさい。
本は乾燥させてる時間に手早く読めばいいとして、早急に取り掛かる。あら、ご存知でなかった?棚の上でお茶会の時間を心待ちにしているカップを備えている淑女は、マカロンのなんていつでも作れるように備えていないほうがおかしいのよ。
窓の雪を眺めながら粉をふるいにかけて、卵白を加えて、生地を作る。窓に吹きつける風の音を聴きながら、ムラなく掻き混ぜてメレンゲを作る。クリームの色だとか、生地の色だとか。つい細部に煩く口を出してしまいそうになるものだから――見栄もあるし、もう気にせずに。単色なんて味気ないことにはしないでカラフルに作ることにしたわ。
絞り終えた生地は上々で、あとは乾燥を見張って、焼き上げも見張って、冷めた後にクリームを挟んで馴染むのを待つだけ。もしコロンビーナの見張りをしろだなんて言われたらきっと、退屈はしないでしょうね。こうやって落ち着いて本を読むこともできない気がするわ。それとも存外、大人しくしてくれてたりするのかしら?
結局焼き上げている間に予定していた読書は終えて、クリームを馴染ませている間は容器をずっと探す羽目になってしまった。今回は別に、ワタシだって紅茶が飲みたくて作ったんだから渡して帰るなんてことはしないのだけれど。でももし余ったなら、あのコ、どんなお転婆を披露するか分かったものじゃないのだし。いつも使ってるものより頑丈なやつに入れておかないと、潰れたりなんかしたらせっかくの苦労が水の泡になっちゃうじゃない。
「……最悪、何時間掛けてるのよ、コロンビーナ、コロンビーナ、コロンビーナ。うんざりするわ」
何が最悪って、せっかく仕事を早く終わらせて自由に機械作りに没頭できる時間にこんな、マカロン作りだなんて。ましてやただ食べるだけなら、棚にあるのに。憐憫に付け入るのが上手いのね、潜入捜査の才能あるんじゃないかしら?まあ、興味本位よ。ちょっとは興味を引くような反応を見せてくれるといいわね。自分でなにかやるよりも人から面白い事を引き出すほうが……年数の中で当たりを引く確率は低いんだから。このマカロンも気まぐれの投資よ。
バスケットを抱えて、「ファデュイ」のコートを羽織って、自室を離れる。時計の針はもう、人々が寝ていることを教えてくれる。夜の静けさに溶けていく。この方が昼より幾分か機嫌よく過ごせるわ。コロンビーナは今日は庭で歌っている日かしら?それとも自室?どうしてこういう日に限って部屋の前に来ないのかしらね、面倒なんだから。
通りがかりでちらりと庭を覗くと、案の定雪が積もっていて、とても座る場所なんてなくって。ワタシは感覚をある程度制御しようと思えば多少堪えれるけれど、コロンビーナが白いカーペットの上を歩いたり座ったりしてないか想像しただけで、白い息がでそうになる。コートはちゃんと羽織ってるでしょうけど碌な格好してないんだから。もし、万に一つよ?ようやく任務がアナタの下に降り立った時に体調管理を怠ってたりなんてしたら、どうするつもりで考えてるのかしら?別にありえない話ではないでしょうに。どちらにしろコロンビーナの部屋でお茶会をするつもりだったから、もう二度手間を承知で自室に向かう。
「コロンビーナ、いるんでしょう?ワタシよ」
ベルを揺らしても音が鳴らないみたいに返事がない。まさかね、なんて思ってノブを回してみるとドアは簡単に通してくれた。
「不用心じゃない。最初に来たのがワタシだったからよかったけれど……」
外に出たみたいな寒さに、思わずコートでもっと身を包む。いや、外に出た寒さと変わらないわ、だって……。
「コロンビーナ……!バルコニー開けたままどこにいってるのよ……!」
多少落としやすく格子になってるし建築様式に馴染んでるっていくらいっても、当然バルコニーの足元は化粧をしていて、なんなら部屋の中にまで少し雪が入ってきてる。机にはワタシがあげたマグとよく分からない花の花瓶が置いてあるくらいで特になにかあるわけでもなくって、部屋のどこにもいる気配はなくって。せめてさっさと外気を遮断したくて、風の吹いてくる方に向かうしかない。
「足跡……月が好きなのは分かるけどね……!」
バルコニーから降りたみたいに、点々と足跡が残ってた。まだそんなに前の出来事ではなさそうね、しかたないわ、ワタシもここから飛び降りてさっさと連れ戻すしか……なんて考えていたら。手すりの端の方で羽を揺らす音が聞こえて、ビクリとしてしまう。気付けば止まっていた鳩が気の抜けた声で鳴いていた。
「サンドローネ?どうしたの?」
気付けばもう音を立てて吹いていた風は鳴りを潜めていて。雲も随分と薄く、薄く――おぼろになっていて。見上げると……少しだけ差しはじめた月光に照らされたコロンビーナが、不思議そうにワタシの名前を呼んでいた。
夜に聞く柔らかくて淡い声は銀の鈴みたいに甘く明瞭に耳に届いて。大空で一番美しい二つの星は、きっとあの閉じられた瞼の奥に隠れてしまっていて。額を包む星座みたいな輝きに、代わりを頼んでる。頭上はるかの静かな暗がりでも眩い姿は翼ある天使そのもので……天空を滑り降りるみたいに、ワタシの方に降りてくる。
アマランスパープルの髪はその名が表すみたいに、こんな寒い場所でも萎むことなく咲く花のようだった。たしか、アマランサス・ハイポコンドリアカスだっけ。ややこしくて長ったらしくて覚えるのも面倒だけれど。綺麗で嫌いじゃなかったから、覚えてるわ。
「コ、ロ、ン、ビ、イ、ナ……っ!」
「もう遅い時間だよ?今からピクニックに、行くつもりなの?」
「ち、が、う、わよ!まず早く部屋を暖かくしなさい、どこへ行ってたの!」
「ちょっとね。鳩もお祭り楽しみたいって聞こえたから」
よくよく見ると、バルコニーに止まっていた鳩は鳩舎の鳩だった。びっくりして目を向けると「明日の朝には皆もどるって、約束してくれたから。これはサンドローネと二人だけの、内緒にしてほしい」って言われて、多分ここ数ヶ月で一番深いため息が出た。前回もコロンビーナ、アナタだったから殿堂入りよ。ドットーレは僅差だけれどアレは……コロンビーナと違って少しも良い気分にならないから、論外。
「ワタシの声が小さかったかしら。ほら、はやく部屋を暖めて頂戴。寒くて手が人肌じゃなくなりそうだわ」
「……」
どうしたのかしら、なんて思うまもなく。コロンビーナはワタシのコートを脱がせて、驚いて目をぱちくりした間に自分の羽織ってたものと取り替えてしまう。
「ちょ、ちょっと……!どういうつもり……!?」
「ちょっとだけ。クーヴァキを込めておいたから、そっちのほうが暖かいと思う」
たしかにコロンビーナの羽織っていたコートは不思議と暖かくて、冷えていた肩は日向に出たみたいな感覚があった。けれどそんなことなんか些細なことで、心臓が痛い。ワタシは一体何の想像したのよ、脱がされた時に……暖まる話をしてた時に……っ!こんな世間知らずの少女に対してそんな勘違い、恥でしかないわ。そういう知識もないのなんて見れば分かるんだから、ただの親しい間柄での気遣いよ。まだ……何度かお茶に誘っただけなのだし、親しい間柄になった覚えは、ないのだけれどね。
「サンドローネ。お茶会の準備、してきてくれたの?」
「スネージナヤもこれだけ広いなら、一人くらいあぶれてる娘がいるんじゃないかって思っただけよ。ポットの準備してくるから、暖炉で暖まってなさい」
返事は待たずに、お湯を沸かしにコロンビーナの傍を離れる。時々、どう接したらいいか分からなくなるのよ。アルレッキーノともロザリンとも違って、距離感が掴めないから。何を言うかも何をするかも予測できなくって、計算が調整できなくて、苦しくなる。もっとパターンを把握すれば適応できることを今は信じるしかないわね、これからも長い付き合いになるのなら。
「サンドローネの手、つめたい。無理しちゃダメだよ」
「ひゃっ」
足音もなく後ろからついてきてるから全然気付けなくて、あっさり手を掴まれて、さらりと手袋を外されてしまう。コロンビーナの手だって冷たいじゃない、って言おうとしたのだけれど、やっぱりクーヴァキかしら、変なあったかさがある。大体、勝手に人を脱がせてばっかりでこの、このコは……!
「さっきも手袋、付けてなかったんだね。日が落ちたくらいからかな?指先を使ってたの、伝わってくるよ」
「それがどうしたっていうのよ。アナタには関係ないでしょう、機械を弄ってただけよ」
「……匂いで分かっちゃった。マカロン、作ってくれたの?」
「淑女は定期的にお菓子作りをするものなのよ、そのあまりもの。仕事の片手間でね」
「……。仕事しながら作れるなんて、サンドローネはやっぱり器用だね」
そこはお世辞でもありがとうとか言いなさいよ、万能のクーヴァキだとかで分かってるんでしょうに。指先を頬に当てようとするものだから、慌てて振りほどく。心臓がいくつあっても足りない。別に生まれたての子鹿なんかじゃないっていうのに、誰かに見られてたら初心な娘に勘違いされるじゃない。けれど、指に触れる温度を忘れさせないように……肩のコートが温度を絶えず伝えてくる事に意識が向いてしまって、寒かったはずなのに気付けば汗をかきはじめてる自分に気付く。やだ、脱がないと……でももう、取り替えられてるし、遅いから……今度、今度返すわ。逆にもう、今日はこんなの返さないわよ。
「祭りは、どうだったかしら」
「……よく、理解らなかった」
「そう……」
気を紛らわせるように聞きたかったことを投げかけると、推測していた返答がそのまま戻ってきて。ワタシは何も、言い返せない。これじゃまるで、心配してるだけの女みたいじゃない。こんな感情、お湯の沸いた音にかき消してもらいましょう。
別にコロンビーナとお茶を飲むのはこれで何度目かなんだから、別に緊張するようなこともないはずなのに。月が綺麗なことに見惚れたからかしら、それともペースを乱されたから?なんだか今日は、上手くいかない。テーブルを挟んで座っている今が一番安心できるだなんて。
「これ、本当にくれるの?」
「渡す相手がいないならもったいないじゃない」
「代わりに何を渡せばいいかな」
「はぁ……そこまでケチじゃないから、いらないわよ」
マグに紅茶を注いであげる。なんでもしてあげないといけないんだからほんと、世話が焼けるわ。
「少しはあれから、飲み慣れたかしら?」
「うん。もう次には返せそう」
「そう……なら良かったわ」
あげるって言ったのにね。律儀なんだから。熱く淹れたティーカップ、持つの慣れなかったみたいだから。カチャカチャ煩くて聴いてられたものじゃないし、慣れるまで貸してあげるって渡して……少し経つわね。使うならあげるってその時に言ったのだけれど、多分あんまり口での約束とかしたことないんでしょうし、慣れないんでしょうね。お子様扱いも嫌かしら?ワタシがカップで飲んでるのをじっと……見てるのよね?口をつける度に顔がこちらを向くから、見えてない挙動じゃないのだけれど。
「誰かとは話せた?」
「ううん。いつも通りだよ」
「そう」
……このコがワタシとの間で気まずいとかそういうのを感じないのは、知ってる。ワタシも別に、気まずくなんてないわよ。なんか……こういうの、見てて良い気分にはなれない性分なのよね。こんな世界の中で居場所も生きている意味も見つけられてないみたいに、友人も傍にいないで。ぶらぶらうろついてる人を見てるとね。色々とまあ、思うところはあるの、こっちだって。
あと何度一緒に紅茶を飲めば、友人として認めてあげられるかしらね。
「赤紫。薄い赤に、水色に、白……あ、黄色……これはサンドローネ?」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと食べなさい」
「ちょっともったいないかも。いつも贈り物は食べちゃうんだけど……」
「そうよ、さっさと食べちゃいなさい。食べ物なんてその為にあるんだから」
「……おいしい。紅茶も、きっと良いやつなんだね。いつもより美味しい気がする」
そりゃそうでしょうよ、その高級茶葉に合わせて引き立てるようにお菓子用意してきたんだから。
「もうこの先何年生きても食べられないんだから、覚えておきなさい」
「……わかった。そうする」
だいたい、アナタの年齢で食べ物なんて取っておいたら腐ちてなくなるだけでしょ。覚えておけるならこういうのは食べた方が良いに、決まってるじゃない。これから紅茶でもコーヒーでもお茶菓子でも、事ある毎にワタシを思い出すように育てておきましょう。……別に、辛気臭い他の執行官と関わるなら、友達の一人くらいいたほうが心の健康上良いってだけだけれどね。
味見はしていたけれど、ワタシも紅茶と合わせてマカロンを一つ食べる。想定通り、綺麗な解ができあがっていて、機嫌も戻ってきた。
「サンドローネ。やっぱりこれ、受け取って。代償?対価?うん……まだ良くわからないけど。必要なことだと思うから」
言い方……なんて言おうと思ったのだけれど、野暮だから、言わないことにしておく。
「これは?」
「ちょっとだけ、祈月の花にクーヴァキを注いだの。雲をまとった月みたいでしょ?あと数日は夜の間、淡くだけど光ってるから」
「……受け取っておくわ」
花瓶に挿していたよくわからない花を一輪手にとって、お礼に渡してくれた。目の前のコロンビーナは……多分、ただお礼の言い方をしらないだけなんでしょうね。食べてる表情で分かるわ。でも、ワタシもワタシで……気恥ずかしいし。ありがとうって素直に、言えなかったから。勝負は引き分けにしておいてあげる。アナタがお礼を学んだら、友達として認めてあげるわよ。ここに長くいるなら……まあ、ロザリン辺りがその内教えるでしょうし。
「……?ねえ、サンドローネ」
「なによ」
「まだ寒いのかな。耳、赤いし。表情もちょっと変」
「……コロンビーナ。今度それ、返しに来なさい。ワタシはもう満足したから、帰るわよ。コートも今度返すから」
「まって」
「何よ……!」
「優しく持ってね、少しでも長く灯ってるように」
「……っ。ご忠告どうも、コロンビーナ!」
言われた通り、祈月の花を優しく持って、そそくさとコロンビーナに背を向ける。部屋を出た瞬間温もりは……なくなってもよさそうなのに、祈月の花と肩のコートが暖かくって。心を落ち着けてくれる暗闇の中のはずなのに、思考も心臓も手元の月光に揺らされる。落ち着くのに落ち着けない、熱い、熱い、アツい。きっと今真っ赤、こんなの誰にも見られたくない……!執行官の誰にも見られたくない、誰に見られたって面倒よ、からかわれるに決まってる……!早く部屋に戻らないと、どうにかなりそうだわ……!
そこからどうやって帰ったかなんて最早記憶になくって、気配を消すのが上手で、気配を察知するのが得意な執行官なんていくらでもいるから、見られてたかなんてもう分からなくって。気付けば根本にうすぼんやりとした雲をまとって月灯りのくっついている……一輪の祈月の花がテーブルにあって。ワタシはコロンビーナの着ていたコートに身を包んで、ベッドの上に丸くなっていた。部屋は暗くて、窓からの月明かりは変わらずおぼろげで。雪が降っていて、もう灯は点っていなくって。なのに。ワタシだけが紅くって。今ワタシが一番、月光に近かった。大好きな夜なのに明るくって、明るいのに満たされてて。ついコートに潜りながら、月の方を見てしまう。向日葵でもないのに。毎日過ごしている部屋なのに、コロンビーナの香りがする。頭がおかしくなりそう。これじゃ、大切な友達が欲しかったの、ワタシの方みたいじゃない。
……コロンビーナの香りがするなんて、当たり前だった。あのコが普段羽織ってるコートに、紅くなった身を隠しているんだから。酷く走ってきたみたいで……息が上がってるだけじゃなくって。変に汗をかいたみたいで、自分の匂いと混ざってるみたいになってるのが、筆舌に尽くしがたい最低な自己嫌悪を醸し出してくる。
「……最悪。ワタシ」
だって。いや、友達に対してするようなことじゃ、ないわよね。コロンビーナがお礼を言ってくれるまでの間だけだから。きっと、すぐよ。
もう、ここはワタシだけの自室で。誰も見ていなくって。身体は自分でも信じられないくらいに、火照るばかり。
もし、その花がお礼だったら。こんなみっともないワタシを見てるみたいなその月の思いを踏みにじったみたいで、潰れていたと思う。
これはただの代償、ただの対価だもの。ワタシが今日浪費した、数時間への。
